星空を眺めて

暗黒に無数のかすかな光。視界にとらえきれないほど広く広く広がっている。手を伸ばせば届きそう。だけどやっぱり届かない。そんなジャイサルメールの空は、今にも星が降ってきそうだった。

東京ではこんな星空は見られないだろう。いや、よくよく考えれば、東京でもこの星空は見えるはずなのだ。ただ人工的な光が強すぎて、見えなくなってしまっている。満天の星空の下、僕がこのことを思った時、不意にあるインド人の女性のことが頭に浮かんできた。

それはインドの田舎町の女性だった。職業は高校教師。私の先輩が彼女と話していた。
「外国に行きたくない?」
この質問に彼女は答えた。
「全然行きたくない」
予想外の答えに驚く。日本ならきっと誰もが行きたいというはずなのに。さらに尋ねる。
「なぜ?」
「ここに家族がいるから」

きっと彼女にとっての一番の幸せは、家族と一緒にいることであり、今既にそれが満たされているのであろう。しかしそれは彼女の見えている世界が狭く、それ以上の幸せを知らないことを意味するのかもしれない。

多くの日本人にとって家族の存在は当たり前であり、その上で自分の望む夢や目標を求めて、日々努力する。もしくはSNSやゲーム、友人や趣味の時間に重きを置き、家族との時間は限りなく小さく、必要最低限になっている。

僕は気がついた。彼女は星空だと。いつもそこにあるはずなのに見落としている喜び。人類の技術的な英知により見えなくなっている幸せ。日本が失ってしまったものがインドには未だに残っている。

もしかしたら、これがこの世で一番美しい星空かもしれない。そう思いながら、僕はいつまでも星の数を数え、流れ星を探していた。

【文責:9期 小川聡仁】

 

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青い街の時間

ジョードプルはのんびりとした街だ。宿の屋上には心地よい風が吹き、日差しが差し込む。路地では子供が無邪気に遊ぶ一方で、大人はぼーっと外を眺めている。そしてこの街を見下ろすように、崖の上一帯にメヘランガール城塞がそびえている。

私たちはこのメヘランガール城塞へ向かうために、宿から続く路地を進んでいた。コンクリートで造られた、中東風の建物によって構成されているこの路地は迷路のように入り組んでいる。写真を撮ってとせがんでくる子供たちの相手をしながら、石畳の坂道を抜けると、城塞のふもとへと辿り着いた。

インド人が50ルピーを払うのを横目に、観光客価格の400ルピーを支払って城塞の中へ入ると、レンガ造りの大きな門が待ち構えている。城塞としての重厚感や、そこに施された装飾はとても美しい。それでもここで最も惹きつけられたものは最上階から眺めるジョードプルの景色だった。城塞の置かれている崖の上にはどこまでも続くような城壁が張り巡らされ、崖の下にはジョードプルの街並みが広がっている。高いところから眺めると改めてジョードプルがブルーシティと呼ばれる理由がわかる。密集した建物の多くが青く塗られ、辺り一面が青く染まっているように見える。青という色は心を落ち着かせるらしく、何時間でもここに居座りたいという気持ちにさせる。

城塞をでると、もう夕暮れの時間になっていた。夕焼けに照らされた城壁に座りながら日が沈むのをゆっくりと眺める。いつの間にか辺りから私たち以外の人は消えている。ふと、こうして夕焼けをじっくりと見る時間というのも久しぶりだなと思う。思えばジョードプルではゆっくりと時間が流れていた気がした。それがこの街の気候によるものなのか、それとも人々によるものなのかはわからない。それでも、この街が好きだということははっきりと言える。

太陽は時間が経つにつれて沈む速度を上げ、青い街のある地平線へと沈んでいった。

 

【文責:9期 中村陸生】

 

マドゥライの人の歴史にある寺院

四方八方から鳴り響くクラクション。鼻につく排気ガスとゴミの匂い。物珍しそうにこちらを見て、時には笑いかけてくれる人々。そんな中を歩いていると、圧倒的な高さと存在感を誇る塔が見えてくる。ドラヴィダ文化の結晶、ミナクシ寺院だ。塔は青を基調としつつ、赤、緑、オレンジ、など無数の色が混在している。その形容し難い色合いと周りとのギャップにより、まるで超古代文明の遺跡が突如地表に出現したかのような印象を受けた。私はその姿を間近で見て、しばらくの間目を奪われてしまった。

寺院の中は、訪れた多くの人々で溢れていた。男性、女性、子供達、カップル、老人。彼らは、思い思いの神の前に立ち止まる。そして、あるものは拝み、あるものは横たわり、あるものは像を見つめた。そこにいたのは、まさに老若男女、ヒンドゥー教を崇拝するあらゆる人々だった。

若い恋人たちは腰掛け、院内の池を眺めながら静かに語っていた。子供たちはガネーシャの像に白い粉をふりかけ、真剣な面持ちで祈っていた。そしてすべての人々は常に神聖な空気に浸り、神と対峙していた。そこは聖域でありながら、デートスポットであり、遊び場代わりの空間であった。

私は初めて近くから塔を見たときに思った。
「なぜこれほど荘厳なものが世界遺産でないのか」
それはミナクシが過去の遺産ではなく、昔と変わらずに人々が信仰する場であるからだろう。ミナクシは頻繁に塗り直され、建てられた当初とは異なる様相になっているという。デザインを変えることは、神を祀るのによりふさわしい場にしようという生きた信仰心からくる。人々の思いは17世紀と何も変わらない。子供から老人まで、そこに住む人々の人生にはいつもミナクシ寺院がある

そして今日も人々はミナクシへ向かう。

【文責:9期 小川聡仁】

 

青の理由

「何もない。」

それが僕の第一印象だった。

ジャイサルメールの市街から車で約一時間。沙漠の中に点々と存在する、崩れかけた赤茶の煉瓦が目を引く。こんな場所で暮らす人々がいるなんてにわかに信じられないと、心では思ってしまうことに罪悪感を覚える。

その壊れかけた煉瓦の村に住まう人々は、ビルと呼ばれる部族集団だ。彼らは上層階級の人々から激しく差別され、沙漠の中のこの屋外にも似た空間で、限られた水や電気を使って生活している。

暑さの染みる午後だった。村に着くとたくさんの村人に迎えられ、ある一軒の家に招かれた。その家は周りを土壁で囲まれた一つの部屋で、屋根は一部分しかなく、辛うじて電気は通っているものの、水道は見当たらなかった。水はどこから手に入れるのだろう。この景色の中でペットボトルの水を飲んでいる僕自身に、僕は違和感を覚えた。

一人の少年がやってきた。十歳ほどに見える。少年は、

「いい場所を見せてあげるよ」

と、僕の手を握って、家から外へ引っ張っていく。

しばらく歩いて小さな土手を越えると、次の瞬間、そこには絶景が待っていた。目の前に、美しい湖が広がった。水は空を映して青く、木々と周りに広がる草原は鮮やかに緑色だった。水面は風を受け、ささやかに揺れていた。沙漠の中でこの場所だけが特別に思えるほどに、美しい眺めだった。

でもこのとき僕はまだ、遠くへ広がるその景色を、ただ景色として眺めていたのだと思う。

するとそのとき、壊れかけた大きなバケツを携えて、年老いた男がやってきた。湖を前にしてしゃがみ込むと、水を口に少し含み、喉の渇きを丁寧に潤すようにゆっくりと飲み込んだ。

ああ、何故だろう、その瞬間に僕は、僕の心が大きく揺れたことに気づいた。遠くに見えていた景色が、一気に”近づいた”ような感覚だ。ただ美しい湖を見ているのではなく、それがどうして美しいのか、はっきりと分かった。目の前に広がる湖が、人間の”生”に確かに結びついた瞬間だった。

この景色は決して、誰かが美しく見せようとして美しいのではない。この水が、彼らの生活、そして命の一部であるからこそ、湖の青さは余計に輝いているように思える。

「何もない。」

なんて、もう言えない。

その年老いた男は、壊れかけのバケツいっぱいに水を汲むと、村の方角へゆっくりと歩いて行った。その後ろ姿は、夕陽を浴びて、少し神々しく見えたーー。

【文責:8期 松村拓朗】

 

出逢う繋がるお買い物

お腹が空いた。そんな時視界の端にうつる大量の卵。小さなフライパンと器用に卵焼きをひっくり返す店のおっちゃん。オムレツ屋だ!私たち一行はさっそく適当なメニューを注文する。待つこと5分。オムレツがパンに挟まったシンプルな料理がでてくる。試しに一口。美味しい︎…..。みるみるうちに手が伸びる。1つ、2つとどんどん空皿が積まれていった。

食べ終わり満足すると、オムレツ屋のおっちゃんがやってきた。
「いとこの良いスパイス店があるんだ。連れて行ってやるよ」

歩くこと5分。スパイス店に到着。店先でオムレツ屋は帰り、スパイス屋が出迎えた。店に入ると四方にスパイス。所狭しと並んでいた。スパイス屋は私たち全員に椅子を出すと、スパイスの解説を始めた。
「ダージリンは、最もポピュラーな…………(中略)ジンジャーは体を暖める効果…………」
解説は1時間30分ほど要した。スパイス屋の熱い解説により、私はこの店に対して全面的な信頼と安心を抱いていた。是非とも日本でもチャイが飲みたい。私は紹介された商品の購入を決めた。

買いものが終わると、スパイス屋がやってきた。
「兄貴の良い服屋があるんだ。連れて行ってやるよ」

歩くこと5分。服屋に到着。店先でスパイス屋は帰り、服屋が出迎えた。店に入ると四方に布。所狭しと並んでいた。服屋は私たち全員に座るように促すと、彼は商品の説明を始めた。
「本物のシルクと偽物のシルクには違いがあり、この商品は…………(中略)」
解説は30分ほど続いた。店の商品の値段は明らかに安く、シンプルで使い勝手の良いデザインだった。私はもちろん購入を決めた

買いものが終わると服屋がやってきた。
「妻が料理教室をやってるんだ。明日参加しないか?」
私としてもぜひインドの家庭料理は身につけて帰りたい。明日、ぜひ訪ねてみたいと思いつつ、店を後にした。

個人として利益を追求するのではなく、店を投げ出してでも家族の店に案内する、そんな強い繋がりがインドにはある。今日の私のお財布はそんな繋がりに負けてしまった。

【文責:9期 小川聡仁】

一杯のチャイ

インドの砂漠。暑い。喉が渇いた。水が欲しい。そう切実に思った時、ジャイサルメールのホームステイ先で出されたのは、熱々のチャイであった。こんな暑い時になんか飲みたくなんてないよ。そう思っていた。だが実際に汗を流しながら飲んでみると意外にも美味しい。大量に入れたであろう砂糖の甘味と、これでもかと主張してくる生姜の味が案外癖になる。そんなチャイが私は好きだ。

インドにはスパイスを入れたミルクティー、チャイがある。最近は日本でも販売してることもあり、その存在自体を知っている人は多くいるだろう。私自身もその内の一人であった。実際にインドに行ってみて感じたことがある。インドはチャイにありふれている。どの売店にもチャイがあり、寝台列車の中でさえ売りに来る。チャイを知っている多くの人はそれをインド版のミルクティーぐらいにしか思わないだろう。しかし、私にとってチャイとは、飲み物という他に、コップ一杯で「インドという国」そのものを表しているかのように感じる。

チャイの二つの重要な構成物はスパイスと砂糖だ。何のスパイスを使うかは各家庭によって違う。ある家庭では生姜とシナモン、別の家庭では多めの生姜にカルダモンと少量のブラックペッパー。味付けは各家庭によって異なる。しかし、最終的にはそれらが最高に美味しいハーモニーを醸し出す。それがまるで多種多様な人種に、何百種類とある言語が共存している、インドの国民のようである。

またチャイの非常に強い甘味は、ある種インド人の性格の甘さを表しているようだ。インド人は時間にとてもルーズである。ヴァラナシからアグラへの寝台列車のことだ。到着時刻は本来6時すぎであったのに、実際に着いたのは12時前ぐらいであった。約6時間遅れ。でもそんなことを気にしているのは日本人である私だけであった。現地の人は当たり前かのように平然とした態度でいた。このようにチャイの甘さと同様に、インドの人々は様々な点において甘い、言い換えれば寛容だ。

さらに、チャイは多くの場合温めていた鍋から直にコップに注がれる。熱すぎてそのコップが持てないぐらい、熱々の状態で渡される。そんなチャイの温度と同じぐらいにインド人はとても情熱的にしゃべり、気さくでとても温かい人間味のある性格をしている。そんなほっこりとする部分に共通点を見出せる。

そしてあの癖になるチャイの味がインド人の憎めない人懐っこさが似ているように感じる。時としてインド人はとてもしつこく、めんどくささを感じる。特にオートリクシャの外国人価格からインド人価格に値切ろうとしている時。

「駅まで幾ら?」「150ルピー」

「いやそれは高い、100にしてくれ。」「わかった。じゃ200ルピー。」

値段を下げようとしているのに、いきなり上げてくるあたりにツッコミを入れたくなる。そんなインド人の適当さにふとした時、笑みがこぼれる。暑くて飲みたくなくても、美味しく感じるチャイがそれを表現している気がする。

そうこう考えているうちに、満面の笑顔で外の売店の店員さんがチャイを私に渡した。

やはり暑いが美味しい。

チャイは美味しい。チャイは奥が深い。そしてチャイはインドだ。

【文責:9期 荒木穣次】

 

違和感

村へ入ると、辺りののどかな風景とは似つかわしくない耳を裂くような音量で陽気な音楽がスピーカーから垂れ流されていた。

私たちはホームステイをするためにパピナーヤッカンパッティ村を訪れていた。周囲を畑に囲まれ、いつもなら静かで穏やかな雰囲気であろう村がこんなにも騒がしいのには訳があった。今晩、この村出身の男女二人が婚約式を挙げるのである。

インドでは親や親戚が若い二人の結婚を決めることが当たり前であり、この村で行うようなお見合い結婚は珍しくない。この日は二人の結婚を祝うために100人以上もの親戚や村の人が集まっていた。

ホームステイ先の家に荷物をおろして外を出歩くと、数人の子供が不思議そうな目でこちらを見つめてきた。歩み寄ってファインダーを覗くと、少し恥ずかしそうな顔をしながら笑いかけてくれる。すると今度は私の持っていたデジタルカメラを指差して、写真を撮りたいと言い出した。そこからはあっという間だった。子供たちはお互いに写真を撮り合い、最初はシャイだった子供たちもいつの間にか私たちと一緒に遊んでいた。ーー「いい村だな。」「この村に来れてよかったな。」私は単純にそう思いながら時間は過ぎていった。

夜になって婚約式が始まる時間になると、私たちは村の人に連れられて花嫁のいる家の前までやってきた。「さっきまでの楽しい雰囲気で婚約式も進むんだろうな」私はこの時そう思っていた。婚約式が始まってしばらくすると、村の女性に連れられて家から綺麗に着飾られた花嫁がでてきた。ーーその花嫁は笑っていなかった。まるで花嫁の時間だけが止まっているかのように、その表情は虚ろで、ピクリとも動かなかった。

衝撃的だった。日本ではめでたいこととされる結婚式で、その当事者が笑わないことなど私には想像もつかなかった。

この時から、この村に違和感を感じずにはいられなかった。大音量の音楽やカラフルな電飾で結婚を祝福するムード、二人の結婚を知らせる大きな看板、各地から集まった親戚の目、、、すべてが花嫁を無視してこの結婚を推し進めているように見えた。

夜が更けてもスピーカーから流れる音楽が鳴り止むことはなかった。

【文責:9期 中村陸生】

You make me happy I make you happy

午後6時、ホテルの前の通りに出る。歩き出すとスピードを出したオートリキシャがクラクションを鳴らしながら私を追い抜いてゆく。この町の人はまっすぐな目で見つめてくる。色が白く服装も違う私たちは目立つようだ。
通り沿いには色褪せ汚れた布をまとう老婆が座りこんで花を編んでいる。ふと目が合った。不審そうな目。私は微笑んだ。すると彼女は口にしわを寄せ口角を上げた。彼女の微笑みから、この街へ歓迎されている そう自然と思えた。
通りを抜け、ミナクシ寺院周辺を散策してみる。日本の服を着た私たちはやはり浮いてしまうようだ。現地の服が欲しいなあ、そう思っていた時、ある1つの服屋に目が止まった。
「It’s low price come on come on!」
店の前にいた男性の手招きに誘われ、店内に入ってみることにした。
今日は、ヒンドゥー教の神ガネーシャの誕生日。それを祝うためなのか、店では強いお香を焚いている。目に見えるほどにたちこめた煙は今まで嗅いだことのないもので、 私の身体はそれを拒んでいるようだった。店内の棚に並べられた数百種類の洋服たち。しばらく迷ってやっと決めた。
[インドでの買い物は安くまけてもらうことが基本]
本でそう読んだ私は値切り交渉を始めた。
「It’s 300rupees.」300ルピーを要求してきた。
「No,250rupees.」対抗してこう言った時、彼女はある言葉を私にかけた。

「You make me happy, l make you happy」

この洋服は低賃金で働いて作っているの。だから安くはできないわ。お願い。この値段で買ってほしいの。”あなたが私を幸せにしてくれたら私もあなたを幸せにできるわ”
インドでの裏側の問題を突きつけられた気がした。

この言葉は本当なのだろうか。単により多くのお金を取るためだけの言葉だったとしても、この一言に私は深く考え込んだ。出会った店員よりも裕福な私は着ている服の裏側を知っているだろうか。どれほど過酷な状況下で大量の服をつくり低賃金で生活しているか知っているだろうか。

財布から100ルピーを3枚出す。抱えたもやつきをしまいこみ私はその店を出た。ちょっと歩いた先では250ルピーという看板の服屋が見える。店主が私に話しかけてくる。歩く速度をすこし上げた。街は相変わらずガネーシャへの祝いで賑わっていた。

【文責:9期 岡部真奈】