しつこい人たち

笑ってしまうほど、しつこい人間を久しぶりに見た。南インド、マドゥライの昼下がり、ヒンドゥー教の祭りに賑わう街中を歩いた時のことだ。街角で一杯10ルピーのチャイを飲んでいると、150cmくらいの小さなおっちゃんが近づいてきた。50そこそこのインド人だ。「コニチワ!ヤスイヨヤスイヨ」流暢に日本語を発する彼は、手に謎の手芸品を持っている。金色の針金でできた腕輪みたいなものだ。彼がそれをいじると形が球体に変わり、棒型に変わり、器型に変わり、樽型に変わり・・・。とにかくいろんな形に姿を変える。よくできてるなぁ、と写真を一枚。

「ヒトツ、センルピー」
彼は言う。1000ルピーというとさっきのチャイを100杯飲める。
「高いな 笑」
「タカクナイ」
「高い高い」
「トッテモヤスイヨ」
妙に日本語を知っているなと感心しつつ無視して道を歩き始める。彼は、付いてくる。
「スミマセンスミマセン、チョトマッテ」
そんな日本語も知ってるのか。
「ワカッタ。フタツデ、センルピー」
急に半額?思わず笑ってしまう。どれだけぼったくろうとしてたんだ。
「高いよ」
「タカクナイヨ」
「高いって」
「タカクナイヨ!」
道を歩きながら、そんな不毛な会話が続く。
「ワカッタ。チョトマッテ。ミッツデ、センルピー」
彼は必死で頑張るのだが、いくら値下げしようと買う気はない。
「いらないって」
「ワカッタ。ヨッツデ、ニセンルピー」
いや、高くなってるじゃないか!笑 何が「ワカッタ」だよ!

彼はどこまでもどこまでも付いてきて1kmは歩いた。値段は下がり、一つ250ルピーにまでなった。そこまで下がるともう何が相場なのかわからなくなってくる。これがお得なのか、まだぼったくられているのか全然わからない。とにかく買う気はない。それでも諦めずどこまでも付いてくる。しつこい人間は嫌いなのだけど、度を超えた彼のしつこさにはもはや笑えてしまう。完全に無視して歩き続けることもできたのだけど、「高い」にせよ「いらない」にせよ何か一言必ず返した。返さずにはいられなかった。

インドを歩けば彼のような人によく出会う。しつこくて、怪しげで、めんどくさくて、うっとうしくて、呆れる。けれど、どこか憎めず、愛嬌があって、人懐っこくて、思わず笑いがこぼれてしまう。そんなインド人がいなかったら、インドは何か物足りない気がする。結局のところ、この国には彼らがいてほしいのだ。

ずっと付いてくる彼との戦いがまだ続く中、大通りに差し掛かった。インドの道にはほとんど信号がない。だから車やバイクが行き交う中、隙をついて渡る。渡りきって後ろを振り返ると、そこには車とバイクと牛が行き交っているだけだった。彼は反対側に取り残され、もう見えない。長かった戦いが終わり、ふと一息つく。もう一度後ろを振り返ってみる。やっぱり彼はいない。町は祭りに沸いていて、バイクのクラクションと街中のスピーカーから流れる大音量の音楽が自分を無視して鳴り続けていた。

前を向きなおすと、見知らぬ人がこっちにやってくる。

「コニチワ!」

怪しげな日本語が、また近づいてくる。

【文責:8期 有元優喜】

カラフル

奇妙な形相をした神様の像が敷き詰められ、蛍光に近いピンクや水色など、奇抜な色をした家々がひしめき合っている。インドは州ごとに人々の嗜好や町の風景が変わると聞いたが、マドゥライの住民はどうやら目を引くほど鮮やかな色で町を彩るのが好きらしい。

インドに着いて初めて空港から出たその日、バンの窓から風景を眺めていた。リキシャが撒き散らす砂埃を浴びながらも大声で談笑する人たちを見ていると、自分が日本でいちいち気にしている細かいことが、ここでならどうでもいいように受け取られるんだろうなと感じた。早く自分の足でそこに飛び込みたくて、もっと道行く人に近づきたくて、私は炎天下の真夏日に早くプールに入りたくて仕方がない子供のようにうずうずしていた。

そんな町中で一際目立っていたのはヒンドゥー教の神様ガネーシャの像だった。ガネーシャは頭は象、体は人間というこれまた異様な形をした神様である。今日は彼の誕生日ということで、そのために作られた祠が大体数百メートルおきに作られていた。その周りには老若男女様々な人が集まっている。お祈りのためか、井戸端会議をしに来たのか、はたまたその両方なのか。いづれにせよ、普段は何の関係もない人たちが同じ目的を持ってその場に集まっているという状態が素敵に思えた。

気づけば私は、大学だったりアルバイトだったり同じ「くくり」の中にいる人間としか関わっていないのかもしれない。同じ授業を受けている友達の中には関西出身の人や東北出身の人がいる。ただ、例え大学の友達が日本全国から来た人たちだとしても、私の家の隣に住むサラリーマンのおじさんについては下の名前も分からない。

インドにだってカーストという立派なくくりがある。そしてもちろん日本と同様に大人には仕事があり、子供には学校がある。けれども ガネーシャの像はそんな無数に存在する「くくり」を大きく包み込んでマドゥライの人々を繋げている。確かにそうしてできた「くくり」だってヒンドゥー教の範囲内にしか収まっていないかもしれない。けれども世界中の人を同じ「くくり」に囲いこむ必要があるとは思っていない。近くにいるのに関わったことのないような人たちをつなげてくれさえすればいい。白髪のおじいさんと子犬のような目をした赤ちゃんを同じ場所に引き寄せるように。

奇抜な色が思いに思いに散らばるマドゥライの町並みがきれいに見えてしまうように、バラバラの生活を営む人々がこの時ばかりは一つに繋がっていく。

【文責:8期 藤岡咲季】

 

素敵な笑顔

長いフライトを終えてようやくインドの地に降り立った。

青空のもとで奇妙な生ぬるい風が身を包み込む。そう、私はいまタミルナードゥ州のマドゥライにいる。この地には観光客はほとんどいない。そのためか現地の人々の生活が広がっている。活発に街を行き交う中年の男性達、汚れた服を身につけならがら弱々しく歩く老人、狭い道を猛スピードですれ違う車、当たり前のように路上にいる牛、至る所で鳴り響くクラクション音、放置されたゴミから放たれる独特な臭い。

こうした街並みに対して私は嫌悪感を覚えた。日本に帰りたい…。これがインドという国を訪れた際の正直な感想である。あまりにも日本と異なる光景に怖気付いてしまった。そんなことを思いながらも市街地から1時間ほど離れた村を訪れる。広大な土地にポツリポツリと家々が建つ小さな村だ。

そこにはたくさんの子供がいた。彼らは異国の地からやって来た、カメラをぶら下げている私を恐る恐る見つめる。興味はあるが恥ずかしいようだ。

そのうち写真を撮って、と近づいて来る。私はタミル語は分からないので、彼らはジェスチャーを使って必死に伝えようと試みる。私は彼らの元気で嬉しそうな姿に対して夢中でシャッターを切る。ここで面白いのは、カメラを向けると決まって真顔をすることである。真顔で写ることが最も良い写真になると思っているのだろうか。不思議である。そんなこんなで撮った写真を見せるとお互いに笑顔が溢れた。カメラを通して遊んでいると時計の針はあっという間に進んだ。気がつくと19時であった。

夕食の時間になり彼らと共に食事をした。バナナの葉をお皿にし、その上にご飯とスパイスの効いた数種類のカレーをよそう。彼らがするようにスプーンを使わず右手だけを使って食べると、とても嬉しそうである。私は子供達の元気で無邪気な姿に惹きつけられていた。仲を深めるのには言葉なんて必要ないのかもしれない。ふと、そんなことを思った。

私はこれまでインドという大きな国を何も知らずに一括りにして考えていた。汚い、臭い、治安が悪い…。これがインドだと思っていた。

しかし、それは完全に間違いであった。壮大な自然と共存する居心地の良い村と、何よりも笑顔が素敵な可愛い子供達がいる。インドの新しい一面を見ることができた。

そこまで生活するのに悪くない場所もあるではないか。本当はもっともっと魅力の詰まった国なのではないか。そう思えるようになると心が軽くなった。この国に来てから見ず知らずのうちに感じていた緊張から解放された。

こうして楽しい時間を過ごしていると、次なる目的地へ向かうためにこの村を後にしなければならない日がきた。最初の頃に見た光景は最早当たり前のものになっていた。

インドの生活に一歩近づくことが出来たのかもしれない。空港に到着すると吹いている風は心地よいものになっていた。

【文責:9期 柳沼祐亮】

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You make me happy I make you happy

午後6時、ホテルの前の通りに出る。歩き出すとスピードを出したオートリキシャがクラクションを鳴らしながら私を追い抜いてゆく。この町の人はまっすぐな目で見つめてくる。色が白く服装も違う私たちは目立つようだ。
通り沿いには色褪せ汚れた布をまとう老婆が座りこんで花を編んでいる。ふと目が合った。不審そうな目。私は微笑んだ。すると彼女は口にしわを寄せ口角を上げた。彼女の微笑みから、この街へ歓迎されている そう自然と思えた。
通りを抜け、ミナクシ寺院周辺を散策してみる。日本の服を着た私たちはやはり浮いてしまうようだ。現地の服が欲しいなあ、そう思っていた時、ある1つの服屋に目が止まった。
「It’s low price come on come on!」
店の前にいた男性の手招きに誘われ、店内に入ってみることにした。
今日は、ヒンドゥー教の神ガネーシャの誕生日。それを祝うためなのか、店では強いお香を焚いている。目に見えるほどにたちこめた煙は今まで嗅いだことのないもので、 私の身体はそれを拒んでいるようだった。店内の棚に並べられた数百種類の洋服たち。しばらく迷ってやっと決めた。
[インドでの買い物は安くまけてもらうことが基本]
本でそう読んだ私は値切り交渉を始めた。
「It’s 300rupees.」300ルピーを要求してきた。
「No,250rupees.」対抗してこう言った時、彼女はある言葉を私にかけた。

「You make me happy, l make you happy」

この洋服は低賃金で働いて作っているの。だから安くはできないわ。お願い。この値段で買ってほしいの。”あなたが私を幸せにしてくれたら私もあなたを幸せにできるわ”
インドでの裏側の問題を突きつけられた気がした。

この言葉は本当なのだろうか。単により多くのお金を取るためだけの言葉だったとしても、この一言に私は深く考え込んだ。出会った店員よりも裕福な私は着ている服の裏側を知っているだろうか。どれほど過酷な状況下で大量の服をつくり低賃金で生活しているか知っているだろうか。

財布から100ルピーを3枚出す。抱えたもやつきをしまいこみ私はその店を出た。ちょっと歩いた先では250ルピーという看板の服屋が見える。店主が私に話しかけてくる。歩く速度をすこし上げた。街は相変わらずガネーシャへの祝いで賑わっていた。

【文責:9期 岡部真奈】