永遠の未完成 

はっとして、動けなくなった。

それは、真っ赤な部屋の真ん中に、たった一つだけ置かれている。母親が子どもをあやしているとも、諭しているともとれるような、親子の像。正直どこにでもありそうな、そんな像だ。しかしなぜだろう。部屋に入ってこの像を目にした瞬間、私は動けなくなった。その魔力に取り憑かれたように、いろんな角度から凝視し続けた。

像が置かれているその部屋には紙と鉛筆が置いてあり、誰でも自由にデッサンができるようになっていた。そして、デッサンは部屋の壁に飾ることができる。部屋の壁中が、ここに訪れた人々の描いた絵で埋め尽くされていた。飾られた絵は、彼らがその瞬間に感じたことを物語る。この像をどこからどう見たのか。何を感じて、何を表そうとしたのか。描き方も人それぞれ。四角く描く人。写実的に描く人。丸みのあるタッチで描く人。

私も描いてみた。人に見られて少しドキドキしながら、格好をつけてそれっぽく。親の顔だけが見えるような角度から、像の輪郭を柔らかい線でなぞる。完成した絵に名前と日付を入れて、壁の一番右端にちょこんと貼った。5分ほどで描いた簡単な絵だけれど、私も像と空間の一部になれた気がした。見るだけとは、違う。描くことでしか感じられないことがあった。

その空間が、特別だった。価値観、性別、肌の色、言語、存在している時間、が異なっているにも関わらず、「親子の像」、作者、デッサンをする人、鑑賞者、それぞれの感情や思惑が入り混じって確かにそこに感じられる。

そうか。この空間だからこそ、こんなにもこの親子の像に魅せられたのか。像も空間も訪れる人も、全部合わせて一つの作品なんだ。だから、永遠に未完成の作品。今度来るときにはどんな作品になっているのだろうか。気がついたら、目頭が熱くなっていた。
喉の奥がきゅっと閉まるような感覚を感じながら、後ろ髪を引かれる思いで私はその部屋を後にした。

@オスロ国立美術館、ノルウェー

【文責 10期 佐藤しずく】

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Fika

熱々のコーヒーを一口飲み、あのなんともいえない幸福感を僕は感じていた。

ここはスウェーデンのウプサラという町にあるカフェ。コーヒー好きの僕がここに来たのは正しかったかもしれない。コーヒーの匂い漂う店内、西洋風の派手な色合いの家具、壁には絵の具を無造作に塗りたくったような水彩画が飾られている。そんな店内でコーヒーを飲みながらたくさんの人たちが談笑し、笑い合っている。平日の昼間からこんなにも多くの人たちで賑わうカフェのどこか温かみを感じる。

スウェーデンでは、コーヒーを飲む人たちをよく見かける。テラス席で話し込む夫婦。公園のベンチで座っている若者。その傍らにはいつも一杯のコーヒーがある。この光景はスウェーデンの伝統的な文化、フィーカが関係しているようだ。フィーカでは知り合いや友人と一緒にコーヒーと焼き菓子を楽しむ文化。スウェーデンではよく行われ、さまざまな人種、言語、民族関係なく楽しむ文化として親しまれている。というようなことをなんかの本で読んだことをそのとき思い出した。

店内は多種多様な人たちで賑わい、まるで世界中の人たちを集めてお茶会をしているようだ。いくつもの人種や宗教などを受け入れるスウェーデンにとって、フィーカは幸せを作り出す一つの要因なのかも知れない。そう思いながら、おもむろに隣の友人に視線を移す。

「そういえばさ・・・」

いつもは耐えられない照れくささが、コーヒーの匂いが立ち込める温かい雰囲気に隠れ、普段はなかなか話そうとは思えない話をついついしたくなる。話を夢中でしていたら気づけば外は夕暮れが一日の終わりを告げていた。しかし今夜の話は一向に終わらなさそうだ。

 

コーヒーの匂いを纏った空気を吸い込んでみる。そしてゆっくりと吐いていく。

自分がただのコーヒー好きからフィーカ好きに変わるのをジワジワと感じた。

【文責 9期 井上佳暁】