知ること

「なんで中国なんて行くの?」

春休みに中国に行くと話すと、大抵はそう返ってきた。

私はすかさず、
「別に中国にすごく行きたいって訳じゃないんだけど、日中関係とか…知りたいから。」
と、なんともよくわからない言い訳をしていた。
なぜ、そんな言い訳をするのか。それは私が中国を好き、と思われることを避けていたからだ。日中関係が悪化しているこの時代に、中国が好きなんて変わってる、変だ、そう思われるのが怖かった。

中国では、たくさんの人と話した。好きな音楽、オススメの本、恋愛の話。
外国人が日本を好きと言ってくれることに私たちが喜ぶのと同じで、彼らは「中国のこと、好き?」と期待まじりに聞いてきた。
それは日本で大学の友人と話すのとなんら変わりはなかった。
親切な人、感じの悪い人、真面目な人、不真面目な人、様々な人がいた。
日本と同じように。

勿論、会話の中で安易に口にしてはいけないことや領域、ぶつかり合う主張は多くある。しかし、どんなに関係が悪い国同士だとしても、人と人との交流の中にそれを持ち込もうとする人間に、少なくとも今回の旅で私は出会わなかった。
なぜなら、彼らがしっかりと理解していていたからだ。自分の国のことも、相手の国のことも。知っているからこそ、ちゃんと向き合えるのだ。

もっと知らなければならない。そう思った。メディアに流され、人に流されて、曖昧なままに相手を嫌がっていたのは自分だったことに気づかされた。

もし、また中国へと旅に出て、なぜ中国に行くのかと聞かれれば、迷わず答えたい。
「中国が好きだから。」と。

 

【文責 島田夏海】

夜に、歌えば

戦いを繰り返した人類の歴史の中には、時に心うつエピソードがひょっこり現れたりする。

クリスマス休戦、なんてものもあった。 1914年、第一次世界大戦時の 12月24 日。争いあうドイツ軍とイギリス軍が、聖夜を祝うため武器を捨てた。停戦中、両軍は戦死者の合同埋葬を行い、祈りをささげたという。僕の生きる現代の日本は、戦争とは無縁で平和の限りで、そんな歴史は素敵な昔話のように聞こえる。ただ、対立が深刻化する国際関係は今も無数にあるだろう。日本にとっては例えば中国。隣国の対日感情は悪化し、日本人も9割以上が中国に対して良い印象は持たないそうだ。

僕がこの春訪れたのは、そんな日本と中国がかつて激しく争い、紅く血に染まった場所、南京だった。南京事件をご存知だろうか。70年前始まった中国との戦争。日本軍は南京を占領し、その過程で女性や子どもを含む一般人を大量に虐殺した。今の南京にはその大虐殺事件を後世へと語り継ぐ、記念館が存在する。僕は知り合ったばかりの南京大学生とその記念館を見学した。おぞましい数の展示は過去の残虐な行為を、重たく語り続けていた。鈍く光る照明に照らされた、荒れ果てた街の様子、恐怖に溢れた市民の声、日本軍の笑い顔。僕は、はじめ声が出せなかった。驚きもしたがそれ以上に自分が日本人だと周りに気づかれるのが恐ろしかった。共にまわっていた大学生から離れ、僕は1人で必死に展示を見つめていた。後で聞いたところ、彼が来るのは3回目だという。彼の出身はもっと西の地方。大学生になる前から訪れているのだろうか。

よく日本では、南京虐殺の犠牲者の総数が議論される。「300000」という数字がこの記念館にはよく出てくる。「実際にはそんな殺されてなかった」「正式な書面上ではもっと少なかった」、そんな議論を耳にしたことがある人も多いだろう。でも僕には単なる数字よりも、虐殺があった事実そのものが何よりも重いものであると思う。当日は平日でありながら、記念館内には人が溢れていた。ここを訪れる中国人全員が残虐の歴史を共有している。数字以上にその過去を、心に焼き付けられている。

中国の人は皆、歴史を大切にしているようだった。中国3000年の歴史。数多くの王政が栄枯盛衰を繰り返した歴史。アヘン戦争から続いた侵略された歴史。繁栄と挫折を重ねた現代の歴史。旅先で出会った、服飾を学ぶ可愛らしい女子大生は日本のアイドルが大好きだった。そんな彼女も「中国の学生は歴史をとても真剣に学びます。過去の出来事を学び、現代に活かせることは数多くあるから」と、習ったばかりの日本語で僕にそう語りかけた。

僕は中国に興味がある。日中関係に興味がある。でも、南京虐殺での被害者の数は何人であるはずだとはっきりとは言えない。歴史に対して意見を持っていない。歴史から学んだことを自分自身に還元してはいない。そんな自分自身に、僕はなんともいえない憤りを感じた。

夜、記念館を後にした僕らは共に食事をし、ホテルへの帰り道を歩いた。今日を共にした彼が、耳覚えのある歌を口ずさんでいた。

“今宵は百万年に一度 太陽が沈んで夜が訪れる日
終わりの来ないような戦いも 今宵は休戦して祝杯をあげる”

日本でも流行した SEKAI NO OWARIの「Dragon Night」だった。熱心なセカオワファンである僕は嬉しくなって、一緒に歌い始めた。

この曲の歌詞は、前述したクリスマス休戦を由来にしたとも言われている。今から70年ほど前は血塗られた戦いの地だった南京で、僕らは日本の J-POPを高らかに歌い合っていた。

歴史は過去の事実だ。実際の数字とか細かいところは不確かだけど、確かにそこにあった人間の過去。日本にとっては反省すべき過去。忘れることは決して許されない。

ただ、僕らは過去を乗り越えることができる。武器を捨て、共に飯を食べ、酒を飲み、笑い合える。僕は彼らのことをもっと知りたいと思った。彼らが大切にしている歴史をもっと学びたいと思った。終わりのこないような対立なんてさっさと終わらせて、心から歌を歌いたいと思った。

南京の夜は旧正月であることもあって、遅くまで賑やかに灯りがついていた。僕はその灯りがいつまでも消えないといいな、なんてちょっとクサいことを考えていた。

 

【文責:6期 臼井健太】

自由

自由。中国という国に対して、この言葉と反対のイメージを持つ人は多いかも知れない。

実際そうだ。間違ってないと思う。
中国へ行くのはこれで3度目になるが、過去2回の旅でこの国が自由だなんて思ったことは一度もない。
今回もその統制の厳しさは幾度となく感じた。
だけど、旅を終えたいまの私は、「中国には自由がない」と言い切ることができなくなっている。

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母はバリバリのキャリアウーマン。中高女子校。
女子中心の世界を生きてきた私は、大学でのいわゆる普通の生活に違和感を覚えることが多い。
サークルの役職に就くのは男子。何かと前に出て発言するのも男子ばかり。
良く言えばシャイなのかもしれないが、女の子は控えめでモジモジしているように感じる。
大学生になりたてのときはそれがすごくショッキングだった。

今回の旅では現地の大学生と話をする機会がたくさんあった。
中国の女の子たちはとってもパワフルだ。自信があって堂々としている。もちろんその自信は日々の学びの結晶でもあるのだろうが、みんな自分の考えを持っていて、ハッキリと意見を言う。
日本の文化や政治についてストレートに疑問を投げかけられ、ビックリしてしまうこともあった。
けれども彼女たちの遠慮のない態度を前にして、まわりのことを気にしていた自分が急にバカらしく思えてきた。なんかちょっぴり損した気分になったりもした。
それと同時に、もっと自分らしく振舞っていいんだと思えた。ありのままでいいんだと。

旅中そんな気持ちになったことがほかにもある。

街の中国人の態度はすごくぶっきらぼうで恐い感じがする。
暇な店員はスマホをいじったり、おしゃべりしてたり。
それとなにより、みんな声がでかい。
切符を買おうと私が駅員さんに小さな声で話しかけると、ものすごく大きなそして無愛想な「あぁ?」が返ってきたときは心底ビビってしまった。
でもふと気付いた瞬間、それが人間としてごく自然な態度に思えてきた。
だってお客さんがいないときくらい自分の好きなことをしていたいし、人ごみで小さい声で話しかけられたらイライラしてしまう。
日本の丁寧な接客は気持ちのいいものだが、それが当たり前の世界ってちょっと窮屈だ。
だから、中国にいると肩の力が抜けて楽になる。ここでは気を張らなくていいのだ。

統制国家、中国。不思議なことにそこに生きる人々の振る舞いには自由を感じる。
わたしの心は、この国でゆっくりとほどけていく。
そんな自分に気付いたとき、はじめてこの国にまた来たいと思えた。
【文責:7期 壽真里】