逆さま

雰囲気のいい田舎、そんな感じだ。
見渡す限りの田んぼの緑と、点々と生える椰子の木。
日本では見られない、インドの田園地帯特有のコンビネーションだ。
ここでは僕たちが巡って来たインドのどこよりも、ゆったりと時間が流れている――そんな気がする。

僕たちは、東インドの町、ブッダガヤを訪れた。この町で、学校へ通うことの出来ない子供たちのために無償の教育施設を営む、一人のインド人を訪ねるためである。名前は、ダルメンダル・クマール・ヤダヴ――通称ダールさん――といった。彼の営む学校を見学し、子供たちに文化交流のための小さな授業を行うことになっていた。

実は、僕はここに来る前に一度ダールさんと直接お会いしていた。彼は日本に日本人の妻がおり、日本とインドを往来している。初めて会ったのは東京駅のカフェスペース、一ヵ月半前のことだった。

「この学校の子らは、日本人が来るのを楽しみにしているんだよ。日本語を少し話せる子だっている」
ダールさんはコーヒーを飲みながら得意気にそう言った。
「あの子たちは、ほんとに家が貧しくってね……。学校の費用を出しているのは日本の会社だから、日本人なら大歓迎なんだ」

ダールさんは、とても陽気な人だ。日本語はとても上手で、関西弁で喋ってみたり駄洒落やジョークを交えてみたり、とにかく明るく、僕らを楽しませようとしてくれる。この人柄で、子供たちに無償の教育を、か。僕はすぐに納得した。

日本にいたときは子供たちの歓迎ぶりなんて想像もつかなかったから、なるほどね、としか思わなかったのだが、いざ学校に到着すると、言葉以上の大歓迎が待っていた。「オハヨウゴザイマス!」と日本語で挨拶する子供たち。歌を大合唱する子供たち。右からも左からも握手を求める手が伸びてくる。花の首飾りももらった。晴天の青空の下、子供たちのパワー全開の大歓迎だった。

しかし学校についた途端に、気づいたことがもう一つあった。なぜだろう、子供たちが異様と言っても過言ではないほど、ダールさんを恐れているのである。彼が子供たちの前に立つと、喋る者はいなくなる。場が、ピリッとする。”Yes, sir.”――子供たちが彼と話すとき、語尾には常に、敬称の”sir”が付いていた。ダールさんの陽気な人柄と、はしゃぐ子供たちの笑顔を何度見比べても、この緊迫した関係性には辿り着かない。確かに肩書きでは、ダールさんは学校の理事長や校長先生といった立場だが、相手は元気いっぱいの小学生で、ましてやここは緩やかな時間が流れるインドの田舎である。赤いレンガと土でできた校舎、周りに広がる緑の草原に、この緊張感はどうしても似合わなかった。

次の日。僕たちは子供たちに、日本とインドの文化を紹介し合う、小さな授業を行っていた。その授業もひと段落して、休憩時間を取ることにした。しばらくすると、何人かの子供たちが水飲み場から帰ってきた。

――そのときだった。

ダールさんが、怖い顔で、数人の年長の子供を呼び集めたのである。静かに、淡白に、彼は子供たちに話を始めた。インドの言葉だったから、何を話しているのかは分からなない。ただそこには、いつも以上の緊張感があって、何人かの子供たちの表情は、今にも泣きだしそうにも思えた。ときどき、子供たちがかすれた声で返事をする。そんなやり取りが、5分は続いた。何がダールさんの口から語られているのか、到底予想もつかなかった。

帰り際、思い切って、僕は彼に尋ねてみた。あのとき子供たちに、どんな話をしていたのか。すると彼の口からは、思いがけない言葉が出てきた。

「あれは、先生たちのチェックなんだよ」

先生たちのチェック?話を聴いていくと、つまりはこういうことらしい。

子供たちは、密かに、この学校の先生たちをチェックしている。一番は、労働時間のチェックだという。先生たちの中には、時間に遅れて学校に来て、時間より早く帰ってしまったり、時間通りに授業をしなかったりする先生が、当然のようにいる。しかしダールさんが常に学校にいて彼らを監視することはできない。労働時間を誤魔化さないよう、そのチェックを、代わりに子供たちが行っているのだ。

なんて残酷な制度なのだろう。先生という大人、子供の模範となるべき大人を、子供がチェックしている。大人と子供が、まるで逆さまだ。そして子供たちは、校長先生に告げ口――そうとも言えるのではないか――をしなければならない。

教育は大人が子供にするものだ。それが当たり前だと思っていた。

でも、ここでは違う。

僕は、尋ねた。

「なんで、子供なんですか」

彼は、答えた。

「子供は、一番素直で、一番信頼できる。ちゃんと学校に来て、先生や周りの大人のことを、とてもよく見ている。先生たちは、時間を守らないインドの習慣で育ってしまった。子供たちには、そうならないでほしい」

そのとき僕は、彼が子供たちに置いている信頼の大きさと、未来への期待を、彼の言葉から確かに感じ取った。マイナスなイメージが、プラスへと変わった瞬間だった。

確かに、インドの時間の概念は、日本よりも遥かに大雑把である。僕たちの寝台列車は、当然だとでもいう様に7時間遅延した。それこそがインドであり、この国の良さだと思う。でも同時に、この国で児童労働が蔓延し、子供たちに教育が行き届いていない事実もある。この事実の一端を、この国における道徳的、教育的なモラルの低さが担っているとしたら、彼が子供たちに置く信頼と、子供たちに託しているチェックの仕事は、大きな意味を持つ。

――あの子供たちは、希望の子供たちなのだ。

逆さま? 確かにそうだ。
ここは、トイレより、携帯電話の普及率のほうが高い国。
服も着ていないスラムの子供が、テレビゲームをしている国。
そして、子供が大人をチェックする国。
全て逆さまだ。
全てはインドが、発展の過渡期だからだと思う。
物質的な発展があるなら、道徳的な発展もあるはずだ。
僕が今見ているのは、道徳的な発展を望む一人のインド人と、その子供たちなのかもしれない。

「だからぼくは、厳しい校長先生じゃないといけないのです」

去り際にダールさんは、微かに寂しそうに、そう言った――。

【文責:8期 松村拓朗】

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