We love Suu

アウン・サン・スーチー。

ミャンマーへ旅に出ようと決めて、真っ先に思い浮かんだのは彼女のことだった。同じ1人の女性として、信念を貫き惜しみなく働く彼女を尊敬しているからだ。自国のことだけでなく、東日本大震災のときには日本にメッセージを送ってくれるなど、弱い立場にある人にそっと寄り添える彼女のことが、ずっと気にかかっていた。

アウン・サン・スーチーが軟禁生活から解放されたとき、多くの人が”We love Suu.”という看板を持ち、彼女への期待を胸に喜んだという。それからしばらく経ったミャンマーで、アウン・サン・スーチーは人々にどう受け止められているのだろうか。

ミャンマーでは、レストランに入ると必ずと言っていいほどアウン・サン・スーチーを象徴するものが飾られている。観光地、バガンの寺院の中にも彼女の本が多く売られていた。ミャンマーを旅していて、彼女のことを意識せずにはいられない。

馬車のドライバーさんにアウン・サン・スーチーについてどう思うか尋ねると、皆にこにこしながら声をそろえて「好き!」と答えた。

“She is the mother of Myanmer.”
そう言う人もいた。彼の馬車には、彼女がリーダーを勤めるNLD(国民民主連盟)のシンボルマークである、星とクジャクのマークが入っていた。

外務省で働くワンココさんは、アウン・サン・スーチーは西洋からも敬意を払われており、ミャンマーが変わるために必要な存在だと言う。

国民の90%が彼女を支持している、と言う話もある。彼女が実際に大統領になって何が出来るのか懐疑的だと言う人もいたが、まだミャンマーで彼女のことを悪く言う人には会っていない。

ふと日本のことを考えた。支持率がこんなにも高い人物がいるだろうか。首相にしろ芸能人にしろ賛否両論だ。私はあの人が好きだけど、あなたはこの人が好き、というように好みが分かれるのが普通だ。そう考えると、国民の大多数が愛する存在がいるということのすごさを実感する。

「アウン・サン・スーチーが好き」と言うのは、単純に彼女が偉大なアウンサン将軍の娘だからという人も多いだろう。加えて、彼女が民主化による「自由」な生活の象徴だからというのも理由のひとつになるかもしれない。

変化のときを迎えた今、国民が愛する女性、アウン・サン・スーチーがいる。女性も社会で働くようになってきたこの国で、彼女が皆を見守るあたたかい存在として活動することには大きな意味があるだろう。

ミャンマーでアウン・サン・スーチーについて話す人々と会い、彼女の肖像を見ているうちに、力強く、でも優しく語りかけるような彼女の目が好きになった。

I love Suu.
ではなくて
“We” love Suu.

私もそう言うひとりになった。

注:ミャンマー(ビルマ)の呼称について、当ブログではミャンマーと表記しました。

【文責 小澤茉紗】

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