クラクション

リキシャやバイク、車がしきりに鳴らすクラクションの音。
インドのどの都市に行ってもその音はひっきりなしに鳴りつづける。

日本でいうクラクションは本当に危ない時にのみ鳴らされるというイメージだ。
しかし、聞いた話によると、インドで鳴らされるクラクションは、「わたしはここにいます。今からあなたの横を通ります。」という合図の意味が大きいらしい。
はやくクラクションを鳴らした方が、はやく道を通ることが許される。
車線も信号もないインドでは、このクラクションの音がカオスな道路をかろうじで牛耳っている。

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あなたはヒジュラという言葉を知っているだろうか。
世界史を選考していた人であれば聖遷やヒジュラ歴などを思い浮かべる人も多いだろう。
私も初めて知ったのだが、ヒンドゥー語ではまったく別の、もう一つの意味を持つ。

男性でも女性でもない第三の性。

私はバンガロールのスラム街で彼女たちに出会った。
ちょうどFocus on myself というプロジェクトの一環として訪問していたBorn Free Art Schoolのフリーダとティナ、SALメンバーと私の4人で街を散策しているときだった。
見かけは普通の女性のようで、私はフリーダに「日本で彼女たちのような人たちは権利を持っているのか」と聞かれるまで、彼女たちが”女性ではない”ことに気づかなかった。いわれてみれば、声もどこか低く、体格もいい。男性性器を持つ彼女たちは、自分の心の性に近づこうと、ホルモン注射を打って胸を膨らませたり、お化粧をしたり不断の努力を惜しまない。人懐っこく私をその輪の中に座らせて、おいしいチャイをごちそうしくれた彼女たちの笑顔に癒された。

私たちはその中でも一番年配の方にお話を聞くことができた。

インドで、彼女たちは人として生きる権利が認められていない。
働くために必要な身分証明書は「性がない」ために発行されず、普通に働くことが許されない彼女たちは、物乞いかセックスワーカーになるしかない。つばをはきかけられたり、蔑まれるような格好でセックスをさせられるといった差別的な扱いを受け続けてきた。
ヒジュラであることがわかれば、実の家族と同じ家で暮らすことは許されず、彼女もわずか7歳のときに家をでた。だから彼女たちは、一つ屋根の下で集まって暮らしていくしかないという。

カースト制が今でも根強いインドでは、その制度にさえ組み込まれないアウトカースト、ダリッドと呼ばれる人々が存在する。彼女たちだけでなく、今回私がインドで出会った、フリーダやティナをはじめとするBorn Free Art Schoolの子どもたち、街中で物乞いや物売りをしている子どもたちもそのほとんどがそれに当てはまる。たとえば、彼らがレイプや集団リンチ、ひどい場合には虐殺されたとしても、犯人に大きな罪が問われることはない。何もしていないのに無実の罪をきせられて刑務所に入れられることさえあるという。
ダリッドは、「人間ではない」のだから何をしてもかまわない。それがこの社会の答えなのか。

30分かそれ以上、いろんな質問に答えてくれた。つらい過去も、悲痛な今も。

最後に、私は彼女がどんな未来を望んでいるのかが気になって、「夢は何ですか」と尋ねてみた。
その質問を聞いた途端、彼女は突然泣き出した。
「自分には夢をみることなどできない」と。

溢れ出した涙を押さえながら、血のつながらない娘の腕を抱きしめ、彼女はこういった。

「もし大きな夢をみることができるなら、それは小さな家族を持つことだ。」

私はもうそれ以上何も聞けなかった。話をしてくれてありがとうと伝えることしかできなかった。

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帰り道。リキシャにのりながらぼーっと道路を眺めて考えた。

わたしに何ができるんだろう。
夢も希望も抱くことさえできない彼女たちのために、わたしは一体何ができるんだろう。

この世界には「自分の道を進みたい。だから助けてください。」そんなクラクションが届く人と、そうじゃない人がいる。
きっと私は、思っているよりもたくさんのクラクションを無視して生きてきた。
聞こえないふりをして、自分だけ前に進もうとしていたのかもしれない。
でも、それでも、クラクションは確かに必死に鳴り続けていた。

その音を、もう絶対に聞き逃したくない。

2012.10.11

【文責:2年 配川瞳】