可能性の宝庫 ~福島第一原発20km圏内に移住する選択肢~

【※ 2018 / 6月取材内容   年齢・事実情報等は取材時のもの】

はじめに

6月。小さな無人の駅を出て、古い民家が立ち並ぶ通りを抜けると、青々とした稲が潮風を受けてなびいていた。田んぼの間のあぜ道に立つと、稲が等間隔で植えられているのがよくわかる。

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水面では、アメンボが糸のような手足を動かし、自在に移動している。周囲に人はいないが、都会にはない「素朴な暮らし」がなんとなく伝わってくる。

しかし、田んぼの向こう側、私から30mほど先には、周囲を金網で囲まれた土地がある。その中には、巨大な黒い袋、フレコンバックが積み上げられている。あの金網の中では、今も多くの作業員の人が働いている。

大きいものでは1tもの重さになるというフレコンバックには、汚染された土や草木、落ち葉が詰められている。フレコンバックの黒さは、のどかな町の風景から遊離していた。

➀

ふと、「被災地」という言葉が頭をよぎる。

ここは、福島県双葉郡楢葉町(ならはまち)。

福島第一原発20km圏内に位置するこの町の住民は、東日本大震災で大気中に放出された放射性物質により、町外への避難を余儀なくされた。ようやくこの町に住めるようになったのは、それから4年半後、2015年9月のことだった。

S.A.L. Blog _ 慶應義塾大学 学生団体S.A.L.公式ブログ と 2 ページ ‎- Microsoft Edge 2018-12-25 00.33.382010年の楢葉町の人口は、7700人。一方、2018年6月に町で生活している人は3367人。町の活気は徐々に戻りつつあるが、65歳以上の住民が約4割を占めるなど、課題も多い。

そして、原発事故から7年経った今でも、汚染物は黒い袋に詰められ、町に残る。今だに7年前の大災害の跡が残っている。

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しかし、この町には、震災後に都市部から移り住んだ人がいる。

未だ課題の多いこの町のどこに魅力を感じ、何を思って住んでいるのか。

私は、取材を始めた。

「可能性」と「存在意義」の町 ここに住む理由

以前は東京の出版社で働いていた古谷かおりさん(34)は、楢葉に移住後、2017年9月に小料理屋「結のはじまり」を開店した。開店のきっかけとなったのは、原発業務や除染作業のため、県外から一時的に楢葉に来ている作業員の人たちだ。

友人づてに知り合った作業員の人から、「日々の愚痴や他愛のない話をする相手が欲しい」「温かい手料理が食べたい」という声を聞いたことが契機となった。店のコンセプトは、「作業員と地元の人の接点となる場」

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20席ほどの小さめの店内は、夕食時に近づくにつれ、お客さんで賑わっていった。お客さんが食べているのはサラダやお刺身の盛り合わせ、もつ煮込みだ。

「営業中にお客さんと話したい」という古谷さんの思いから、調理の大部分は事前に済ませる。開店後は盛りつけるだけ・温めるだけのものが中心だ。

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カウンターに並んでいるのは、昔から楢葉に住むおじさんと、常連の除染作業員。お互い初対面であったが、古谷さんが時折会話に入り、会話を盛り上げる。

酒が進むと、いつしか2人で話し始めている。古谷さんの存在により、お互いに「友達の友達」のような関係になり、打ち解けやすくなっているようだった。

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「作業員と地元の人の交流の場」としての小料理屋は実現しているようだ。

古谷さんも店の経営について、こう語る。

「現状の満足度は、もう120%。交流の場所という意味では、思い描いていたことができた。」

➁

しかし、古谷さんは今後の改善点もあるという。

「料理の腕をもっと上げたいです。作り置きでおいしいって、なかなか難しい。冷めてもおいしい料理や色が変わらない料理、温めなおしても肉が硬くならない料理は、意外と技術がいる。」

小料理屋でありながら、今後の課題として「料理」をあげた古谷さん。しかし、お客さんは美味しそうに料理を食べ、楽しげに夜のひと時を過ごしている。私は、この時古谷さんが単に謙遜しているだけだと思っていた。

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しかし、いわき経済新聞のライターとして活動し、古谷さんの友人でもある山根麻衣子さん(42)はこう語る。

「かおりちゃんは、元は料理がそんなに得意じゃない。飲食店をやった経験もない。でも、小料理屋はあそこに一つしかないから、たくさんのお客さんがお店に訪れている。

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現在の楢葉町は、町のための活動をする人が少なく、必要なものが欠けている。しかし、そのような状態だからこそ、1人1人がやりたいことを実現できる環境なのだという。

「(空いている)土地もあるし、チャレンジの機会もある。町を想っての行動なら必要としている人は絶対いるし、それをバックアップするクラウドファンディングも成り立つ。だから私はここは可能性の宝庫だと思ってる。」

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山根さんが言った「可能性の宝庫」という言葉は、私が今まで抱いていた「福島」のイメージを大きく覆すものだった。しかし、同時に納得感もあった。

現に、何人かの移住者は、「可能性の宝庫」たる楢葉で、今までの人生とは全く違う活動をしている。

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山根さんは、震災前は横浜で接客業・サービス業に携わっていた。現在は、いわき経済新聞のライターとして町外への情報発信を行う。「福島に関心のある人に、福島のアップデートされた情報を届けたい」という想いで、精力的に活動している。

現在住んでいるのはいわき市だが、楢葉周辺地域の記事も精力的に執筆する。

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一方、原発作業員として福島にやってきた市川英樹さん(46歳)は、2017年にクラウドファンディングで170万円を集め、田んぼアートを実現した。今年も、楢葉町内で自費と寄付金により、田んぼアートを実施している。

田んぼに描かれた楢葉のマスコットキャラのゆず太郎は、町内にあるサッカー競技施設「Jヴィレッジ」にちなんでサッカーをしている。目標は、2020年までに楢葉に30万人の観光客を呼ぶことだ。

➂

楢葉町周辺で、山根さんのように地域に根付いた発信をする人、市川さんのように観光客を呼ぶ取り組みをする人はそれほど多くはない。しかし、それは個人の挑戦が目立ち、注目されるということでもある。

周囲の人から協力を得られれば、一人一人の活動は、大きく広がる「可能性」がある。

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さらに、一般社団法人ならはみらいで楢葉の街づくりを担う西崎芽衣さん(26)は、大学卒業後、楢葉へ移住した。

大学休学中に、楢葉町の避難指示解除に立ち会った経験が、移住の決め手となった。「自分が本当にやりたいこと」を考え、東京での就職を辞退した上での決断だった。

S.A.L. Blog _ 慶應義塾大学 学生団体S.A.L.公式ブログ と 2 ページ ‎- Microsoft Edge 2018-12-25 00.33.38西崎さんは、被災地だからこそ、解決すべき課題があり、自分に役割があると笑顔で語る。西崎さんがこの町で暮らす理由の1つは、「存在意義」だ。

「『自分じゃないとダメなんだ』っていうのは被災地だったり田舎だったりするからこそ得られるやりがいだと思う。」

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また、西崎さんは、課題や問題を、ネガティブに捉えていないようだった。むしろ、取り組むこと・解決することに楽しさを見出しているようだった。

「いったん町として0になって、課題だらけだから、自分が関われるものがある。あとは上がっていくしかないしね。だから、何をやっても新しい。何をやっても復興してるって思える。何にでもチャレンジできる。

年齢問わず、自分がやりたいことに主体的に関われることは、やはり大きな魅力だろう。楢葉町の未来を見据える西崎さんの声は、明るかった。

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私が東京で抱いていた、福島への移住者像は、「根深い問題を抱えた福島を良くするために頑張る人」である。

しかし、私が古谷さんや西崎さんに抱いた印象は違った。もちろん福島を良くするために頑張ってはいるが、それ以前に「楢葉が楽しい」「楢葉の居心地がいい」といった感情があるようだった。

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そして、楢葉町の移住者は、この地域にある課題に高いモチベーションで取り組み、「可能性」を現実にしている。課題だらけのこの町で、それぞれが挑戦している。

だからこそ、次にここに来るときには、もっと良い町になっているのではないか。私は、楢葉町に、当初はなかった希望を抱いた。

ワンルーム7万以上~この町に来る障壁~

それでは、「可能性の宝庫」たる楢葉町に、なぜもっと移住者は入ってこないのか。もちろん、福島県外の人が、未だに悪い「被災地」イメージを持ち続けていることが、大きな要因の1つだろう。

しかし、その他にも、外から移り住むにあたり、現実の障害となっていることが2つある。

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原発立地特有の課題を語ってくれたのは、一般社団法人ならはみらいで西崎さんと共に働く、堺亮裕(りょうすけ)さん(25)だ。

「楢葉って工事関係の人が入ってきてて、すごい地価が高くなってる。ちょうど役場の目の前のマンションがワンルーム7万円以上。それで僕がここに来るときは困ったかな。」

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除染作業を請け負う企業は、相応の工事費用をもらうため、高値でも作業員のための住宅を用意できる。それにより地価は上がり、移住者の障壁となっている。

また、楢葉は、元々3世代住宅が多く、一人暮らし用の家は少ないという。特に単身の移住希望者にとっては厳しい現実である。

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「ここが課題の宝庫っていうのは間違いない。ただ、その課題に若い人たちが取り組めるような環境を作っていかないといけない。それが僕の一番の問題意識。」

現在、移住者の古谷さん・西崎さんは、もう一人の女性の移住者と共にルームシェアをしている。移住するにあたっては、移住者同士の協力体制も重要になってくるだろう。

住民の内輪意識~この町に来る障壁~

また、移住当初は、住む町のことを知り、人と信頼関係を築くことにかなり苦労したと山根さんは語る。

➃

「町の人は、多分『東京から何も知らない人が来て、何してくれるの』と思っていたし、私自身もそれを痛感した。移住後一年から一年半くらいは心を病んで、月に一回福島から東京の心療内科に通っていた。」

小さくまとまった町だからこそ、内輪意識やしがらみ、独自のルールが障壁となることがある。実際に、楢葉に一度移住したものの、馴染めずに町外へ出ていった人もいる。

山根さんは、移住者であれば、だれもが一回は病んだりくじけたりしているのではないか、と言う。若者が少ないからといって、ただ来れば、無条件で村人の一人として迎えられるわけでもないようだ。

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さらに、山根さんは、自らが主体的に動き、情報収集する大切さを語った。

「地元の人の話に、『そうなんですか』って言っているうちはそこで話が終わる。けど『私そこ行きました』『その方にお会いしました』って言えると、話が広がっていく。そうしてやっと地域の人と対等に話ができる。」

現状では、移住者の側が積極的かつ意識的に地域に溶け込んでいく必要性がある。しかし、それでは移住者が、人と打ち解けやすく、積極的に動ける人に限られてしまう。

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もちろん移住者側に相応の苦労が伴うのは仕方がないことだが、「この町で何かをしたい」と思う人が町外へ出ていくのは、あまりに惜しい。

今後は、町民側も、移住者を広く受け入れる寛容さが求められるのではないか。

風景の1つ1つが愛おしい~楢葉の豊かさ~

山根さんが語るように、小さくまとまった町だからこそ、外から人が移り住む難しさがある。しかし、一度入り込んでしまえば、そこは自分にとって非常に居心地の良い場所にもなり得る。

古谷さんは、楢葉町の魅力は、「近所の人との関係の中にある」という。

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他愛ない会話をする日常が幸せだって、住んでいる人はそれとなく感じている気がする。それで、そういうことを気付いている人たちと一緒にいるから私も幸せなんだなって思う。」

昔から楢葉に住む人々は、一度楢葉からの避難を余儀なくされ、何気ない日常を失った経験を持つ。だからこそ、より何気ない日々の出来事に幸せを感じるのかもしれない。

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そして、それが移住者である古谷さんにも波及しているようだ。

「目に移る風景の1つ1つが、全てご近所さんにお手入れされている。綺麗に刈られた草とか、庭先のお花とか、田んぼとか。フレコンバックだって知り合いが移動とか運搬とかしている。ここは少ない人数で見知った人たちが風景を作っているから、風景の1つ1つすごく愛おしい。

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古谷さんは、汚染物を詰めたフレコンバックを含め、風景全てが「愛おしい」という。そうした何気ない日常の風景を、「愛おしい」と思ったことが、私にあっただろうか。

良い成績をとったり、旅行したり、美味しいものを食べたり。そうした刹那的な喜びはあっても、古谷さんのような日々の恒常的な幸せは感じていない気がする。

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楢葉には多くの物がない。店・人・交通手段・住宅・観光資源・特産品、これら全てが足りていない。物質的豊かさ、便利さで言えば、東京には遠く及ばない。

しかし、花を植えるご近所さんがいて、それによって作られる風景がある。町の機能が停止した過去を経て、そうした日常に幸せを感じられる人々がいる。

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古谷さんは言う。「東京にはもう帰れない」と。

この町には、合理性超えて、人を惹きつけるものが確かにある。

終わりに~これからの楢葉町~

IMG_23812018年6月26日。「ここなら笑店街」がオープンした。

「商」と「笑」がかかった名前には、町民に買い物を楽しみ、笑顔になってほしいという願いが込められている。

開店したのは、ホームセンター、スーパー、カフェ、飲食店など、10店舗。主導したのは、一般社団法人ならはみらいの西崎さんや堺さんだ。

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この町は、未だに被災した過去を引きずっている。しかし、その過去は、可能性ややりがいを生み、移住者がやりたいことに挑戦できる空間を作り出した。

そして、町に惹かれた移住者の手により、この町は未来に向けて少しずつ変わっていく。楢葉町は被災地でありながら、「新天地」でもある。

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移住は、人生における大きな決断であり、気軽にできることではない。原発立地の町となると、さらに抵抗はあるだろう。だからこそ、東京から車で3時間30分。楢葉町に是非1度だけ足を運んでほしい。

きっとそこには、魅力的で、可能性に満ちた、「被災地」が広がっている。

【文責 9期 小川聡仁】

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