永遠の未完成 

はっとして、動けなくなった。

それは、真っ赤な部屋の真ん中に、たった一つだけ置かれている。母親が子どもをあやしているとも、諭しているともとれるような、親子の像。正直どこにでもありそうな、そんな像だ。しかしなぜだろう。部屋に入ってこの像を目にした瞬間、私は動けなくなった。その魔力に取り憑かれたように、いろんな角度から凝視し続けた。

像が置かれているその部屋には紙と鉛筆が置いてあり、誰でも自由にデッサンができるようになっていた。そして、デッサンは部屋の壁に飾ることができる。部屋の壁中が、ここに訪れた人々の描いた絵で埋め尽くされていた。飾られた絵は、彼らがその瞬間に感じたことを物語る。この像をどこからどう見たのか。何を感じて、何を表そうとしたのか。描き方も人それぞれ。四角く描く人。写実的に描く人。丸みのあるタッチで描く人。

私も描いてみた。人に見られて少しドキドキしながら、格好をつけてそれっぽく。親の顔だけが見えるような角度から、像の輪郭を柔らかい線でなぞる。完成した絵に名前と日付を入れて、壁の一番右端にちょこんと貼った。5分ほどで描いた簡単な絵だけれど、私も像と空間の一部になれた気がした。見るだけとは、違う。描くことでしか感じられないことがあった。

その空間が、特別だった。価値観、性別、肌の色、言語、存在している時間、が異なっているにも関わらず、「親子の像」、作者、デッサンをする人、鑑賞者、それぞれの感情や思惑が入り混じって確かにそこに感じられる。

そうか。この空間だからこそ、こんなにもこの親子の像に魅せられたのか。像も空間も訪れる人も、全部合わせて一つの作品なんだ。だから、永遠に未完成の作品。今度来るときにはどんな作品になっているのだろうか。気がついたら、目頭が熱くなっていた。
喉の奥がきゅっと閉まるような感覚を感じながら、後ろ髪を引かれる思いで私はその部屋を後にした。

@オスロ国立美術館、ノルウェー

【文責 10期 佐藤しずく】

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