違和感

アウン=サン=スーチーのイメージしかなかった「あの国」。が、私にとって特別な国の一つになった。
2013年3月6日、モヤモヤと隣り合わせの10日間が始まったのだった。

ミャンマーを歩いていると、どの街にいても一日三回はパゴダに出くわす。
「この※パゴダを見なければ、ミャンマーに来たとは言えないんだ」。と、神妙な面持ちで語る人を一体どれだけ見ただろう。なるほど中を覗いてみると、黄金色に輝くパゴダは歴史を感じさせる。

しかし、しばらく中を歩いていると異様な光景に出くわした。仏像やパコダに電飾がなされていたのだ。まるでクリスマスのイルミネーションかのような飾り付け。私は違和感を覚えずにはいられなかった。

違和感はこれだけではなかった。現地でインタビューをしたときに、
「少数民族のことは今はなんの問題もない」。「難民についても、政府はきちんと受け入れ姿勢を示している」。との答えが。彼らの答えは本心から出たものなのだろうか。私が思っていた問題は現地の人にこう捉えられているのか。

しかし考えてみればたしかに、この国の人々は嘘のように優しい。クシャミをしていれば薬をくれるマーケットのおばちゃん。
いきなり近づいてくる怪しげな日本人に食べ物をくれるお母さん。

本当にこの国が問題を抱えているのか。こんなにものどかな地で、暗い部分を浮き彫りにしようと模索する自分に嫌気がさしはじめていた。やはりなにかがおかしい。彼らの言葉に違和感を感じながらも、今、目の前にあるこの国からは充足感を感じている。

そんなことを考えながら夜道を歩いていると、ライトアップされたパゴダが美しく輝いていた。
しかし、わたしはこの国で、一見美しく見えるものの中に感じたこの違和感を大事にしたいと思った。

きっとこのモヤモヤは、私があくまで外部の人間だということが原因だ。現地に行ったことで、その事実をよりはっきりと突きつけられた気がした。外からの報道という形でしか見えない部分もあるのだと改めて気がついた。

それでも、ミャンマーはもはや私にとって得体の知れない国ではない。だからこそ、この旅はまだまだ完結してはいけないのだと思う

2013.3.7

【文責 松坂くるみ】

注)この記事では国名にミャンマーを使用しておりますが、ビルマとする説もあります。

※パゴダ
ミャンマー様式の仏塔のこと。

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