覆いかぶされて

坂を駆け上がってみると、雨期を感じさせない青天が広がる。高くそびえるビル群と機械のうごめく港町が見えた。緑が生い茂る中、人ひとりがやっと通れるような細い細い道を通ってきた。

15分ぐらい登っただろうか。
まだ熟れる前の鮮やかな緑色のバナナが見事になっている。向こうの小丘からは女の子が叫んでいた。笑いながら大きな声で
『お菓子ちょうだいよ!』
って言っているみたい。

気がつくと、ひらり、と目の先に黄色い蝶がいる。
くるりと翻って飛んだ方の丘は、ぱっくりとくずれていて、そこにはいくつにも重なりあったゴミの断層面があった。

スモーキーマウンテン。

マニラ市内トンド地区の最終ゴミ処理場。
1954年から1995年までゴミが積まれ続けたこの場所は、言い表すのに『ガレキの山』という言葉では間に合わない。地球がつくりあげた自然の地形そのもののような、そういうスケールだった。

山の周辺にはマンションタイプの質素な住宅施設が立ち並ぶ。2004年から入居開始、2007年には幼稚園も完成し、教育整備も始まっている。

かつて、ゴミの自然発火による煙で常に白く覆われていた山と、ゴミを拾いお金を得て生活をしていた人々のスラムは、今は見えない。

けれど、ゴミは止まらない。

住む人がいる限り、ゴミは出続ける。やむことなく生み出され続ける。
ゴミは、新たな場所に積まれ、新たなゴミ山ができ、同じように新たなスラムができる。また、住む場所を与えられてもやっぱり一部の人は仕事がない。家賃を払うために新たなゴミ山へ通い、ゴミを拾い続ける。

同じようなことの、繰り返し繰り返し。そんな気がした。

ゴミが増え過ぎたから山を閉鎖して、別のところに持って行こう。スラムはよくないから住宅施設を作ろう。そうそう、教育もちゃんとしなきゃ。

やっていることは間違いではないと思う。でも、積まれた問題はそんなに単純なものではない。就職難、雇用不足、廃棄物処理、社会福祉。いくつもの問題が複雑な層のように重なっている。

ゴミ山と周辺の環境は劇的に変化してきた。 山は緑に包まれ、電線が通り、人々が住み、バナナだって実っている。スラム街もほとんど見なくなった。教育だって整備されてきた。

けれど、見てくれのよくなった外見からは、まだはっきりと山積みの問題が露出している。
ちょうど緑に覆われた山で目にした、あの断層面のように。

あの山はただ緑にぬりつぶされただけだ。緑の裏に隠されたゴミは消えてはいない。
積まれた問題だってそうだろう。その場しのぎの解決法でぬりつぶさず、丁寧に問題自体を崩していかなければならないのではないか。

完全に緑で覆いかぶされて、断層面が見えなくなってしまう、その前に。

【文責:6期 臼井 健太】

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